本記事はインドネシア進出を本格的に検討している、もしくは進めている方向けに、日本とインドネシアの労務関連法規や従業員の取り扱いに関する違いを紹介します。
あえて日本との「違い」を明確に示す構成にすることで、できる限り簡潔且つわかりやすく、イメージしやすいように工夫しています。
インドネシア進出の流れや手順については下記記事で詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
1.【日本とインドネシアで比較】「労務関連法規」の違い
主要な労務管理法規の「日本とインドネシアの違い」の概要を一覧表でまとめました。
日本の場合 | インドネシアの場合 | |
---|---|---|
最低賃金 | 時給 1,054円 | 月給 約4万5,606円 |
手当 | 企業によって異なる | 法律で定められている手当が多い |
法定労働時間 | 1日8時間以内、かつ週40時間以内 | 1日8時間以内、かつ週40時間以内(週5勤務の場合) |
時間外労働手当 | 基礎賃金の1.25倍以上 | 基礎賃金の1.5倍以上 |
福利厚生 | 子ども・子育てに関する福利厚生がある | 法定外福利厚生にインドネシア独自のものが多い |
雇用形態 | 正規・非正規の待遇の差が大きい | 正規・非正規の待遇の差が小さい |
解雇 | 解雇が難しい | 日本よりも解雇が難しい |
就業規則 | 10人以上の労働者を雇用する企業は就業規則が必要 | 外国企業はインドネシアでの就業規則作成は必須 |
(番外編)労働組合対策 | ― | 慎重に対応する必要がある |
それぞれについて日本とインドネシアの違いを比較しながら、解説していきます。
1-1.「賃金」に関する違い
日本とインドネシアの「賃金」に関する違いを確認しましょう。
日本 | インドネシア | |
---|---|---|
最低賃金(2024年の場合) | 時給 1,054円 | 月給 約4万5,606円(506万7,381 IDR)※ジャカルタの場合 |
※IDRはインドネシアの法定通貨であるインドネシアルピアのこと。
1IDR=0.0092JPY(2024年9月14日現在)
参考:厚生労働省|令和6年度地域別最低賃金額改定の目安について
参考:JETRO|ジャカルタ特別州の最低賃金、2024年は3.4%増
最低賃金について
インドネシアの最低賃金は州や地域毎に定められていて、毎年改定されます。
最低賃金を守っているつもりでも、毎年11月下旬頃に行われる見直しにより、いつの間にか最低賃金を下回ってしまうケースが多発しています。
最低賃金は労働法で保障されており、違反した場合、「1年以上4年以下の禁固刑・1億ルピア以上4億ルピア以下の罰金刑」の両方またはいずれか一方の刑事罰が科されます。
賃金の支払いについて
インドネシアの賃金の「原則はノーワーク・ノーペイ」で、働かなければ賃金が発生しません。
ただし、欠勤の理由が「病欠や生理休暇、冠婚葬祭」の場合は、賃金支給をする必要があります。
欠勤理由 | 日本の場合 | インドネシアの場合 |
---|---|---|
病欠 | 有給休暇や傷病手当金の対象でなければ、賃金が支払われることはない。 | 4カ月間は全額支給。その後4カ月経過毎に25%ずつ減額される。 |
生理 | 生理休暇の制度がある企業もあるが、利用者は1割にも満たないのが実情。また賃金の支払義務はない。 | 2日目に痛みがある場合、欠勤あるいは出勤して仕事をしなくても賃金が払われる |
冠婚葬祭 | 企業により休暇日数が異なり、有給か無給かは企業が独自に定める | 従業員本人の結婚の際は3日、家族の冠婚葬祭は2日、その他同居家族の死亡時は1日の特別有給休暇が取得できる |
業務外の活動 | 業務命令によるものでない場合、賃金が支払われることはない | 労働組合の職務や教育職務活動での欠勤は賃金の支給対象。なお宗教活動による欠勤は、当該企業に在籍中1回のみ認められる。 |
参考:JETRO|インドネシア 外国人就業規制・在留許可、現地人の雇用 「現地人の雇用」詳細
上記のようにインドネシアでは、「欠勤理由」と「払わなければならない賃金」の関連性が大きく異なります。日本とインドネシアとの違いを理解しておかないと、労働局への通報などのトラブルにつながる恐れがあるので注意しましょう。
1-2.「手当」に関する違い
日本とインドネシアの「手当」の比較は以下のとおりです。
インドネシアでは、賃金に上乗せされる手当が手厚くなっています。
手当 | 日本の場合 | インドネシアの場合 |
---|---|---|
配偶者手当 | 企業によって異なる。 「家族手当」「扶養手当」とも呼ばれている。 |
インドネシアでは法的義務。 配偶者が働いていない場合に支給する。 |
児童手当 | 日本では国の制度として支給されている。 | インドネシアでは法的義務。 未婚・未就労の子どもがいる場合支給する。 |
宗教大祭手当 (レバランボーナス 等) |
なし | インドネシアでは法的義務。 それぞれが信仰する宗教の大祭前に支給する。 |
参考:こども家庭庁|児童手当制度のご案内
参考:JETRO|インドネシア 外国人就業規制・在留許可、現地人の雇用 「現地人の雇用」詳細
インドネシアでは、日本にはないような手当も法律によって規定されています。
宗教手当について
日本にはない手当の代表例として、「宗教大祭手当」(レバランボーナス 等)が挙げられます。
- 宗教大祭手当とは、インドネシアで各宗教の主要祭日前に支払われる手当です。
- 勤続1ヶ月以上の従業員が対象となり、支給は祭日の7日前までに行われ、遅れると5%の罰金が発生します。
この宗教大祭手当は日本と大きく異なる点でなじみがありませんが、インドネシア人にとってこの「宗教大祭」は一年の中で最も重要なイベントであり、そこに紐づくボーナスもまた重要視されています。
支給が遅れたり、極めて少額にとどめる等した場合、士気への打撃は深刻なものになりますのでご注意ください。
インドネシアでの一般常識や宗教事情に関しては、下記記事で詳しく解説しています。あわせてご確認ください。
1-3.「労働時間・時間外手当」に関する違い
日本とインドネシアの「労働時間・時間外手当」の比較は以下のとおりです。
労働時間は双方とも法律で定められていますが、時間外労働の割増賃金はインドネシアの方が手厚いです。
雇用形態の種類 | 日本の場合 | インドネシアの場合 |
---|---|---|
法定労働時間 | 1日8時間以内、かつ週40時間以内 |
|
時間外労働時間 | 月45時間以内、かつ年360時間以内 | 「1日最大4時間まで」、または「週に最大18時間まで」 |
参考:厚生労働省|法定労働時間と割増賃金について教えてください。
参考:JETRO|インドネシア 外国人就業規制・在留許可、現地人の雇用 「現地人の雇用」詳細
時間外労働について
インドネシアの時間外労働は、
「1日最大4時間まで」あるいは「週に最大18時間まで」と定められています。
職種によっては時間外労働の規定に当てはまりにくいものもありますが、その場合は例外規定としてルールを定めることも可能です。
また1日あたりの残業時間が4時間以上となる場合に、雇用主は労働者に1,400キロカロリー以上の食事と飲み物、十分な休息を提供することが義務づけられています。
割増賃金について
時間外労働手当は、月の賃金の1/173を「1時間あたりの基礎賃金」とし、労働時間に乗じて算出します。
その際、時間外労働を行う日、週の労働時間によって数値が変わりますので注意が必要です。
出勤日 | 時間外労働時間 | 割増賃金 |
---|---|---|
業務日 | 2時間まで | 基礎賃金の1.5倍 |
2時間超 | 基礎賃金の2倍 | |
休日出勤(週6日勤務) | 8時間まで | 基礎賃金の2倍 |
8時間目超 | 基礎賃金の3倍 | |
9~11時間目 | 基礎賃金の4倍 | |
休日出勤(週5日勤務) | 9時間まで | 基礎賃金の2倍 |
9時間超 | 基礎賃金の3倍 | |
10~12時間目 | 基礎賃金の4倍 |
参考:JETRO|インドネシア 外国人就業規制・在留許可、現地人の雇用 「現地人の雇用」詳細
日本では休日出勤の割増賃金が基本賃金の1.35倍以上です。
日本と比較すると、インドネシアの割増賃金がいかに高額であるかがお分かりいただけるでしょう。
1-4.「福利厚生」に関する違い
日本とインドネシアの「福利厚生」の比較は以下のとおりです。
法律で定められている福利厚生に関しては、大きな違いがありません。
福利厚生の種類 | 日本の場合 | インドネシアの場合 |
---|---|---|
法定福利厚生 |
|
|
法定外福利厚生 |
|
|
日本にもある福利厚生もありますが、インドネシア独自のものがあり、インドネシア進出を成功させるためには、日本との違いを理解し、インドネシアの労働者が働きやすい環境を整える必要があります。
社会保障への加入について
重要な労務管理のひとつに、社会保障への加入手続きがあります。
インドネシアの社会保障は大きく「労務保障(BPJS Ketenagakerjaan)」と「健康保障(BPJS Kesehatan)」の2種類があり、それぞれの内容は下の表のとおりです。
社会保障 | 内容 | 対象者 | 保険料と費用負担 |
---|---|---|---|
労務保障 |
|
雇用主の下で働く労働者 | 老齢保障の一部を除き、すべて会社負担 |
健康保障 |
BPJS加盟病院での
|
国民全員(会社員は会社を通して加入) |
保険料は月給の5%
|
参考:厚生労働省|2019年 海外情勢報告 東南アジア地域にみる厚生労働施策の概要と最近の動向(インドネシア)
参考:JETRO|インドネシア 外国人就業規制・在留許可、現地人の雇用 「現地人の雇用」詳細
登録義務を履行しない雇用主には、「口頭による注意」「警告書の発行」など処罰が科されることがあるため、注意が必要です。
1-5.「雇用形態ごとの待遇」の違い
日本とインドネシアの「雇用形態ごとの待遇」の違いは以下のとおりです。
インドネシアでは非正規の雇用であっても、労働者に有利な条件となっています。
退職金について
インドネシアでは、無期雇用・有期雇用とも退職時に金銭の支払いが発生します。
雇用形態の種類 | 日本の場合 | インドネシアの場合 |
---|---|---|
無期雇用(正規雇用) | 「退職金の支払い」は企業によって異なる。 | インドネシアでは「退職金の支払い」が法律で規定されている。 |
有期雇用 | 日本でいう「契約社員」に該当する。 退職金等の支払い義務はない。 |
有期雇用契約の期間終了時に「補償金の支払い」が法律で規定されている。 |
アルバイト・パート | 退職金等の支払い義務はない。 | インドネシアでは該当なし。 |
参考:厚生労働省|就業規則に定められた退職金は賃金
参考:JETRO|インドネシア 外国人就業規制・在留許可、現地人の雇用 「現地人の雇用」詳細
雇用条件について
インドネシアの雇用条件は日本と大きく違っており、無期雇用・有期雇用ともに契約内容が非常に複雑です。
雇用形態 | 条件 |
---|---|
無期雇用(パーマネント) |
|
有期雇用(コントラクト) |
|
参考:JETRO|インドネシア 外国人就業規制・在留許可、現地人の雇用 「現地人の雇用」詳細
有期雇用をする場合、日本のアルバイトや派遣社員と同じ感覚でいると、深刻なトラブルにつながる恐れがあるため、注意しましょう。
1-6.「解雇」に関する違い
日本とインドネシアの「解雇」に関する違いの比較は以下のとおりです。
インドネシアでは解雇の際に、退職金の支払いが義務づけられています。
日本の場合 | インドネシアの場合 |
---|---|
|
|
参考:厚生労働省|労働契約の終了に関するルール
参考:JETRO|インドネシア 外国人就業規制・在留許可、現地人の雇用 「現地人の雇用」詳細
コストカットを目的とした場合はもちろん、懲戒解雇であっても退職金の支払いが必須です。
1-7.「就業規則」に関する違い
日本とインドネシアの就業規則の比較は以下のとおりです。
大きな違いは「インドネシアの就業規則には有効期限がある」点です。
日本の場合 | インドネシアの場合 |
---|---|
|
|
参考:厚生労働省|モデル就業規則について
参考:JETRO|インドネシア 外国人就業規制・在留許可、現地人の雇用 「現地人の雇用」詳細
インドネシアの就業規則はインドネシア語で作成する必要があり、作成の際は労務問題に詳しい法律事務所やコンサルティング会社に相談するとよいでしょう。
1-8.(番外編)「労働組合対策」に関する違い
日本とインドネシアの「労働組合対策」の比較は以下のとおりです。
日本よりもインドネシアの労働組合は企業に対して強い影響力を持ちます。
日本の場合 | インドネシアの場合 |
---|---|
組織率も低下しており、限定的な対応で済むことが多い | ストライキやデモが多く活発に活動しているため、日頃からの丁寧な対応、対策が必要。 |
また、インドネシアの代表的な労働組合連合・連盟は以下のとおりです。
- インドネシア全国労働組合連合 (KSPSI/Konfederasi Serikat Pekerja Seluruh Indonesia)
- インドネシア労働組合連合 (KSPI/Konfederasi Serikat Pekerja Indonesia)
- インドネシア労働者福祉組合連合 (KSBSI/Konfederasi Serikat Buruh Sejahtera Indonesia)
- インドネシア金属労働組合連盟(FSPMI/Federasi Serikat Pekerja Metal Indonesia)
労務問題が大きなトラブルに発展するケースでは、労働組合が関与するケースが多いです。
そのため、組合活動に関する規則を制定したり、定期的にミーティングしたりと、労働組合対策は必須です。
特に最低賃金が決定される11月〜12月はデモやストライキが起こりやすいので、注意しましょう。
2.インドネシアでよくある労務トラブル事例
インドネシアでよくある労務トラブルには、次のような事例があります。
労務トラブル事例 | 内容 | |
---|---|---|
1 | 最低賃金を満たしていなかった | 最低賃金を満たさない給与で従業員を雇用していたことが発覚した。 |
2 | 従業員の解雇が難しい | 「解雇」に関して、会社側と従業員で合意できなかった。 |
3 | 労働局へ通報された | 従業員は就業する企業に問題点があった際、労働局に電話などで通報できる。 |
4 | 社内規定がないために罰則を適用できない | 従業員が問題を起こした場合であっても、就業規則を策定していないと、適切な処分ができないことがある。 |
5 | BPJS(社会保障保険)に未加入だった | 従業員をBPJS(社会保障)に加入させていない企業には罰金が科せられる。 |
上記は労務トラブルのほんの一部です。
詳しい内容は、下記記事で解説していますので、あわせてご確認ください。
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